元気なうちにやりたかったことをやろう!そんな思いで2011年3月より8月までマラウイで薬剤師として派遣されるマラリエ生活を綴った日記です。
2011/05/16 (Mon)
5月3日は私の誕生日。
去年の誕生日、1年後海外のマラウイという国にいるなんて思っても
みなかった。1年前の私はマラウイという名前さえ知らなかった。
日本では憲法記念日でいつもお休み。
が、マラウイでは2日までの3連休を終えての働き始め。
32歳最後の日を家から一歩も出ずに首都で長期隊員にもらった
トゥンブカ授業ノートのコピーをノートに書き取って、
たまに日光浴させてる石を見ながら、あ~んわからない!とどっかり疲れた。
GEMツアーから朝晩とても寒く私はこの日家の中で冷えてしまったようで
33歳の当日は朝からゴロゴロとトイレに駆け込む感じで始まった。
病院でもゴロゴロは続き、でも午後から病棟に行くぞ!と決めていた私は
お昼も控え午後にゴロゴロトイレに行きつつつ1日を終えた。
なんだか体がおかしい。帰り道も話しかけてくる子供たちに苦笑い。
そんなんで帰宅し家に入ると5センチくらいのバッタが2匹いる。
無理!と思い、ウオッチマン(警備員)のジョセフにお願いして取ってもらう。
「マダム、マラウイではこれを食べるんですよ!」と。
そうかそうか、でもいいから取ってくれ。
暫くしてまたふとドアを見るとバッタが2匹。
「ジョセフ」と窓からささやき取ってもらう。
そしてご飯の用意をしていつもの椅子に座ろうとすると目の前の
カーテンにバッタが。「ジョセフ」とまた取ってもらう。
夕方6時にウオッチマンは交代。コンコンとドアをノックする音。
開けるとジョセフィ(マイケル風)が「ハッピーバースディ!」と。
GEMツアーの前日、洗濯物を取り込んでいるとマダムに話があるという。
それはジョセフィの気になる女の子の話だったがその時に私が
「彼女は何歳なの?」と聞き、彼の年齢も聞いたとき
「ところでマダムは?」と聞かれ「32歳。あ、でも3日後に33歳だ。」
と言ったら「じゃ、何かしなきゃ」と言うので
「ただ、神にマダムが結婚できるようにと祈って。それだけで十分。」
と言っていたのであった。
ジョセフィは「マダム、ずっと神に祈ってました。するとマダムは
来年のこの月(つまり5月)に結婚するみたいです。」と!
マジで!?ジョセフィ、当たったらすごいよ。そしたらムジンバの預言者として
石と一緒にムジンバ大盛況だよ!そうなることを祈る!
の前にジョセフィが「だからマダム、神を信じて!」と言っていたなぁ。
むむむ…。ま、「神のみぞ知る」だな。来年が楽しみだ。
さて、そんな話を鉄格子(規則でつけることになっている)越しに終え、
ドアを閉めるとドアと壁に計3匹のバッタがいるではないか!
あ~ん、無理!窓から「ジョセフィ!」と言い、来てもらう。
するとさすがジョセフィ「マダム、1匹は自分で取らなくてはいけませんよ。
どれがいいですか?」と私を成長させてくれようとする。
確かに確かに、33歳だしね、やらなきゃね、ジョセフもこの季節はメイズの
収穫期だからすごいバッタが多いと言ってたもんね。切りがないもんね。
「じゃ、これ」といってガシっとモップで抑える。
「で?」と聞くと下にと言うので下にモップを動かすと力が弱かったのか
バッタが飛び立つ。「ぎゃ~!」ということでその後ジョセフィが取ってくれて終了。
「マダム、バッタは噛んだりしないんですよ?」知ってる知ってる。
「マダム次はまず自分でやってダメなら呼んでください」といい、ジョセフィは去る。
出来ないマダムでペパーニ(I’m sorry)です…。
ということで8バッタが集合した33歳最初の夜はすっかり疲れて爆睡なのでした。
翌日もお腹がゴロゴロしていて午後から出勤するか迷ったけど
マラウイの病院には絶対かかりたくないので1日休んで足湯したり、
日本で勤務していた病院の看護師さんたちからもらったアロマオイルを
たっぷり部屋にこもらせたりして(気分転換にかなり使ってます♪)過ごした
老いたマダムでありました。
しか~し、2日で復活しまたモリモリ食べる日々のマダムであります。
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